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         神楽坂/早稲田 2021.10




 都内の行き易い公園が思い浮かばないので、前回に続き街中を歩くことにする。

 朝10時過ぎに家を出て新検見川から電車に乗ると、ほぼ満席状態。

 以前の、新型コロナの緊急事態宣言が出た頃は、同時刻に乗ると1車両に5人とか6人だったけれど、普通の生活に戻ったようだ。

 飯田橋駅で降りると、以前少し書いたように、ホームが随分変わっている。前に来た時は水道橋寄りの改札(東口)に向かったが、今回は西の市ヶ谷寄りに出る。


 ホームを西に向かってかなり伸ばしたようで、西口がホームの中央辺りの真上になっている。




 時代の要請とオリンピック対応の改修なのだろう。



駅の階段を降りている時、後ろから「あら、変わったわね」という会話がきこえたところを見ると、その人たちも久し振りに飯田橋駅で降りたのだろう。

 右手の「牛込橋」を渡ると神楽坂。



左のほうに東京理科大の校舎が見える。

 神楽坂は、丁度昼時でもあり、車と人が溢れている。

 ネットで見てプリントした地図を見ながら歩く。

 駅の東口の方には都のハローワークがあって、仕事で打ち合わせに何度か行った。

運動途中の散歩とは言え、いろいろ教えてくれる地図を片手に(お上りさんと同じだ!)と思いながら、道のあっちがわ、こっちがわ、をうろうろと歩く。(私は田舎から上京したから、お上りさんではある)

















 



 とりあえずは細い路地「神楽小路」を東に抜けて、映画館の「ギンレイホール」。

1974年から始まった、名画を上映する映画館だ。

50年ほど前に一度友人と来た気がする。
 料金は今でも大人1500円、学生1,200円と手ごろな料金で、過去の名画を見ることができる。 

 館名は過去にこの地にあった「神楽坂銀鈴座」から付けたとのこと。



 ギンレイの斜向かいにはビルに挟まれて、かわいい地下鉄の入り口がある。

 










 神楽小路を戻り(途中には左の細いほそい路地に入る「みちくさ横丁」というのもある)、神楽坂を少し上り再び東側の路地「神楽坂中通り」に入る。
 こちらも車1台がやっとの細い路。

 


 ネット地図に書いてある寿司屋を目印に左に折れる。


ここは「かくれんぼ横丁」というそうだ。
 手ごろな値段の食堂もあるが、どちらかというと高級料亭らしい建物が並んでいる。


 クランク状の横丁道をすすむと、こちらもやはり料亭の小径。

昔は花街として鳴らした神楽坂は、深川、赤坂などと並んで芸者も有名だったらしいから、江戸時代には、このような路地奥にひっそりとたたずむ料亭で、芸者を揚げての宴会を開き、

「山城屋、お主もなかなかのワルよ、のう」

「いえいえ、お代官様こそ……」

というような会話を交わしながらビジネスを進めたのだろうか。

時代劇の影響で、少し空想を膨らませながら、路地を歩く。

 今は、瀟洒な建物が路地沿いに続く。





「かくれんぼ横丁」を北に抜けると本多横丁。住居表示は神楽坂3丁目1。

 

 








 和風料理やフランス、イタリア、スペインなどのレストランが立ち並び、勤めの人たちが今日の昼食のメニューを決めかねて、気に入るメニューを求めて小路を行ったり来たり……。



 風に乗って、美味しそうな香りも流れてくる。




 神楽坂に戻り、また坂道を上りながら、ときどき右の路地にはいってみる。





 焼肉の得意なラーメン店もあり、「フランス語で注文できます」と紙が貼ってある。


 飯田橋には「東京日仏学院」というフランス語の学校があるから、フランス人の先生たちも通っているかも。



着任早々のフランス人の講師の人たちには、

 フランス語の通じるレストランはありがたいはず。

ちょうど日本人が初めて海外へ旅行したとき、そこに日本食のレストランがあるとホッするのと同じ。






 神楽坂を上り切ったところに、1595年建立の、善国寺があり、その境内に毘沙門天がある。

これは江戸3毘沙門天のひとつ、とのこと。

また、ここの狛犬は、恐ろしげな顔と姿勢がリアルな怪獣で、可愛くない。

まあ、だから魔除けになるのだろうけど、と思っていたら、実はこの一対は1848年(嘉永元年)に奉納された虎の石像とことので、石虎は都内唯一の貴重なものだそうだ。

言われてみれば、怪獣と思ったのは、動きを見せる虎だった。

なんでも独り合点しないで、他人の話はよく聞くものだ。。。





また神楽坂通りを少し北上すると赤城神社。















同じ境内に「蛍雪天神」。こちらは受験生に人気があるだろう。

 蛍雪天神は、もとは北野神社とか朝日天満宮と呼ばれていた道真を祀った神社が戦災で焼失したので、旺文社の寄付により復興したものだそうだ。「蛍雪」は旺文社の受験雑誌「蛍雪時代」にちなんだとのこと。

 


で、いつものように(どこでランチにしようか?)と思って時計をみると午後1時。あと1時間の余裕。




今日は、飯田橋・神楽坂から早稲田まで歩いて行こうと思っていたけれど、とても時間が無いので、丁度近くにある地下鉄東西線の神楽坂駅で乗り、一駅先の早稲田駅で下車。



 駅の中の表示に従って出口に向かったが、地上に出ても方向がわからない。



 

(若い人がどんどん歩いて行く方向に大学があるはず)と考えて、小さなリュックにジーパンのオネエさんの後から歩く。
 途中で左に折れたが(そういえば左に行った覚えがある)と、そのままついて行くと、早稲田大学の南門についた。



 

 構内に入ると、高校生がグループになって歩いている。


(そうか、早稲田高校も近くにあったな。下校時刻かな?)と思って見ていると、校舎や大隈候の銅像の前で記念写真を撮っている。
 大隈講堂の前の広場には赤い観光バスが2台停まっている。

ということは、修学旅行で来た高校生たちらしい。




「せっかく来たんだから、見て行こうよ」

とか話していたり、ガイドさんに頼んでグループで写真を撮ってもらったりしている。



 来年か、再来年にはここの大学生になっているかもしれない彼らへ無言のエールを送りながら、講堂と庭園へ。








 左手の門から大隈庭園へ。


 









 秋の爽やかな陽射しを浴びながら、学生たちが芝生の上で、或はあずまやの休憩所で、食事したり談笑したりの、平和な光景があった。





























 芝生の広場以外は日本庭園の造りで、山あり石あり、池あり、林ありで、くつろげる空間になっている。庭園内にはカフェや歴史館などもあるが、今日の私には、ゆっくり見ているヒマがない。

どこかの休憩スペースで食事にしようかと時刻を確認すると、1時半。

 とてもランチどころではない、すぐに打ち合わせ場所に行かなくては、と思っているところに電話が入り、打ち合わせは30分ほど繰り下げ。






 (やれやれ、助かった)とは思ったけれど、ここの芝生でランチを済ませて、後の時間が無くなると大変なので、大隈庭園は殆ど駆け足で1周して、都電荒川線の早稲田駅へ。





これは、以前、飛鳥山公園や王子権現に行った時、早稲田行きに乗った都電で、今回は反対方向の終点早稲田から三ノ輪橋行きにのることになった。

  結局、打ち合わせ場所の駅の近くの公園のベンチで「おにぎりランチ」。

 いつもの特製特大おにぎりは、横から見るとライスハンバーガーのようだ。

 そう、「シッポまでアンの入った鯛焼き」ならぬ「フチまで具の入った大おにぎり」だ。

平らにしたご飯の上に鰹節、梅干し、シャケ又はメンタイコを平らに乗せて、また上からご飯を盛り軽く握って海苔で巻いて出来上がり。その日の都合で、おかずはあったりなかったり。


 とにかく今日も散歩して、打ち合わせにも間に合った。



 



 今日の歩数は13,900

 



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