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おにぎりランチ(おむすびランチ)で健康散歩82

亀有駅周辺と「こち亀」


こちら葛飾区亀有公園前派出所」
両さん、中川、麗子の起こす騒ぎが
聞こえてきそうな

下町の駅と商店街と路地裏  2022.07 





 

  昨日が本当の「梅雨明け」だったような天気で、今日は真夏日。

 都内の打ち合わせが午前中だったので、7時半には家を出て目的地に向かう。

 お茶の水駅で乗り換えの時は雨は降っていなかったが、15分後に目的地の駅で外に出るとしっかり雨が降っている。

夏は「午後、雷雨」が普通だけれど、今日は9時半に「雷なし」のにわか雨。

まあ、アスワルトが濡れれば、暑さも少し緩むだろうと期待する。

昼前に打ち合わせが終わり、昨日調べておいた亀有に向かう頃には晴れ上がり、強い日差しが戻っていた。

 

日暮里から常磐線快速に乗り、北千住で各駅停車に乗り換え、綾瀬駅でもう一度乗り換えて一駅で亀有へ。

亀有といえば、田舎の少年の頃は「亀有セツルメント」という言葉を聞いたことがある程度で、戦後の貧困を長く引きずっている地域というイメージが頭の片隅に残っていた。

社会人になり会社の寮生活をしているとき、隣室の同僚が「少年ジャンプ」を買ってきて読んでいるのを借りて、暇つぶしに何話か読んだ「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(公式略称「こち亀」)が町のイメージを変えてくれた覚えがある。

 

今回、亀有を歩くことにしたのは、区の発行している「かつしかウオーキングマップ」に含まれていて、通勤経路から立ち寄るにしても時間的にも丁度良さそうだったからだ。

10年以上前に、仕事のついでに降りたことがあるけれど、ゆっくり歩いたことが無いし、先日、柴又で「フーテンの寅」と妹の「さくら」の像を見たことでもあり、両津勘吉を含めた「こち亀組」一家の像を見るのもわるくないな、と考えた。








 

両国から秋葉原を歩いた時にも書いたように、私は団塊の世代で、その世代に共通の思い出の漫画は「赤胴鈴之助」だけれど、その後も学生時代に友人が持っている少年雑誌を読むことはあった。(自分で買うほどでもなかった)

「釣りキチ三平」は、私もどちらかというと釣りキチなので、絵が生きイキとしてしているので楽しく読んだし、「包丁人味平」は、自分が自炊をしていたり、家庭を持ってからも「料理番」をすることが多いので、漫画の中の「時短」などのアイデアを使わせてもらうこともある。

(さすがに少年雑誌を買うことはないけれど) 

 亀有駅に着く前は「亀有中川堤公園」辺りまで足を延ばすつもりでいたけれど、駅の外に出て、強烈な日射しを受けたとたんに意気消沈して、「こち亀」の像の探索に切り替えた。

他人から見れば(年齢相応に、どこかの駅近くの七福神巡りでもすればいいのに……)となるのだろうけれど、そうはならないのが私の性格。














 




駅の北口に出ると、「やっと会いに来てくれたか!」と、豪快に笑いながら手を振る両津勘吉(巡査長)の像が迎えてくれる。

 







 

そのはす向かいの区画の端には、薔薇の絡まるレンガに座る麗子(秋元カトリーヌ麗子 社長令嬢で、巡査)の「薔薇と麗子像」が通りかかる歩行者にむかって呼びかけている。

 



 

その区画の中の細い路地を北に抜けると「亀有公園」。



 

漫画では、この公園前にある派出所(仮定)を舞台に物語がすすむ。






公園内には遊具があり、母親に連れられた子供がブランコで遊び、高齢の皆さんは藤棚の下のベンチなどで休んでいる。

 

 





その藤棚の脇に、来園者に両手を掲げてピースを送る「ダブルピース両さん像」。

その台座にはステンレスの「こちら葛飾区亀有公園前派出所」銅像マップが貼られ、駅周辺の銅像の位置が記されている。(他の像にも時々貼られている)





 

公園の右奥に目をやるとベンチに座って動かない人がいる。

これは「ひとやすみ両さん像」

 写真を撮るためカメラを向けると、ブランコで遊んでいた少年が私にピースサインを送りながら両さん像の後ろを駆け抜けた。

 




 

 公園を後にし、駅の北を横切り、春には素晴らしい桜のトンネルができたであろう桜並木の道路に面したスーパー「サミット」に着くと、広場の植え込み脇に「敬礼両さん像」。

 



 もうこの辺りで暑さに負けそうになるけれど、まだ電車を降りてから2000歩ぐらいにしかなっていないので、常磐線のガードをくぐって、駅の南側に出る。

 広場に噴水がいくつか噴き出していて、子供たちが「噴水体当たりくぐりぬけ遊び」に興じている。この暑さだから、水は楽しいだろうし、濡れても楽しいだろう。

 植木の下のベンチでは、昼下がりの休息をする人の姿が多い。

 ここは「亀有リリオパーク」と名付けられていて葛飾区の公園のひとつのようだ。

 


亀有リリオパークの門をくぐって、駅のロータリー側に出ると(私は、西の裏口から公園に着いた)、すぐ右手に「両津勘吉祭姿像」が踊っている。

 







その反対側には「亀有駅南口交番」。

 立ち番のお巡りさんがいたら、勘吉の隣に立ってツーショットをお願いしようと思ったが、残念ながらいなかった。(交番に入ってまで頼むのは遠慮した。)

 まあ、亀有の古いイメージを、明るい活気ある町に一新してくれたのだから、それくらいのサービスはしてくれると思う。









 

 で、今度は、ロータリーの中のバス乗り場の一角に進むと「ようこそ亀有へ両さん像」が、乗車待ちのベンチに座っている。


 

像の後ろに石のモニュメントがあるけれど、勘吉の笑い顔の存在感が大きすぎて、このモニュメントにまでは目が行かない人が殆どだろう。

 




 ロータリーから南への道路を少し行くと踊る「サンバ両さん像」。

 ここは工事中で、柵があるので、それを避けて撮るのがなかなか難しい。

 


 

 さあ、サンバの後は、駅前ロータリーに戻り、放射状に東に向かう。








と、思ったら、その道路の始まりに「中川像」。

彼は大企業「中川コンツエルン」の御曹司で、自身も会社をいくつか経営している。

カーマニアで、漫画の中では真っ赤なフェラーリかランボルギーニかなんかで出勤しているのを見たことがある。
 イケメン(古いか?)で婦警さんたちに人気がある登場人物だ。


 スラっと長身なので、ファインダーを立てて撮りたいけれど、フォトブックに載せにくいので水平に撮る。(後でトリミングしたけれど、やっぱり帽子が切れていた)

 




その放射方向の道路を環七通りにむかって進んでいると、なつかしいアーケードの商店街に出会ったので1枚。

始めて上京した時だっただろうか、中野ブロードウエーで、当時としては最先端のアーケード商店街を見て感心した覚えがある。

もっともその後行っていないので、その町の盛衰は知らないままだけど。

 亀有のアーケード商店街「ゆうろーど仲町商店街」がいつできたものか知らないけれど、ふと懐かしさを覚えたので、入り口から数枚撮っておいた。

 





環七通りにぶつかるまで進むと、広い通りの向こう側に鳥居が見える。

 「亀有香取神社」とある。

 

 

 

 

 大鳥居をくぐり、右手の道祖神社の鳥居の外側に出てみると、そこに「少年よ、あの星を目指せ!両さん像」が立っていた。

 



その外側には香取神社の(中)鳥居。境内の参道の石畳の向きからすると、こちらの鳥居が元からのもので、大鳥居は環七から見えるように後で建てたものではないかと思う。

 






 とりあえずこの中鳥居の外に出て、改めて悪疫退散の茅の輪をくぐり、本殿に参拝する。









 今日の散歩では初めてで、(おそらく)最後の神社参拝だろう。

 





 絵馬の奉納所には「キャプテン翼絵馬と南葛SC」の「必勝絵馬かけ」が用意されている。

 もちろん、道祖神にも参拝して、賽銭を納める。

 

 



 

再び駅前ロータリーに戻ると、南口の前には「ようこそ こち亀の街へ! 両津・中川・麗子がお出迎え! 像」が、カラフルな服装と精一杯の笑顔で勢ぞろいして駅から出てくる客を出迎えている。(南口にバス等のためのロータリーがあるから、客の多くはこちらに降りてくるのだろう)

 




やっと「七福神巡り」ならぬ「『こち亀』銅像巡り」を終えて(まだ、「少年両さん」など残っているけれど)、噴水と木陰のベンチがある「リリオパーク」行き、今日の「おにぎりランチ」。

 今年は明日23日(土)が「土用丑の日(大暑)」だからだろう、青いシャツのお兄さんが、公園内の人に声をかけてウナギのかば焼きの「販売と注文取り」で廻っている。

 私にも近づいて「かば焼きはいかがですか?」と言うから、おにぎりを見せて「今日はこれだし、地元ではないから明日は来ないよ。ゴメンな。お疲れさん!」とお断りする。

 中国山脈の山間部の育ちの私は、小中学生の頃は、時折、家の近くの小川にフナ、ウナギ釣りに出掛けたものだった。








 当時は広い盆地の田圃の中の小川には、粉挽と米つき用の「水車小屋」がポツポツと点在し、川底には緑の水草が揺れ、石の間にはトンボのヤゴやカワニナが休み、岸辺には草や小さな木が生え、その陰になる水辺では昼間の釣りでマブナやタナゴ、モツゴが釣れ、淀みではタガメやゲンゴロウが小魚を追い、メダカやミズスマシやアメンボが水面で戯れる、平和な田園風景が広がっていた。 

 戦後10年前後で、みんな貧しくて、農業でも物の製造業でも人力の部分が多く、働く大人には大変だっただろうけれど、子供たちは元気いっぱいに自然を相手に遊んでいた。




 


 70年前の、そんなことを思い出しながら時計を見ると、散歩切り上げの時間になっていた。

 








今日の歩数 14,000歩 








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