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今住んでいる団地の東半分(約400戸)の外装リニューアル工事のために、先々週の土曜日から先週の土曜日まで、日曜と雨天の木曜日を除いて、家で仕事をしながら留守番役をしていたので、運動不足が甚だしい。
しかも、昼間は書斎(といっても、もとは子供部屋)もキッチンもトイレも使えなくて、1週間、炬燵のテーブルでパソコンを打っていたので、膝と腰が悲鳴を上げている。(トイレは業者が仮設トイレを用意してくれていた) 今日、月曜日は仕事に必要な官報の購入と打ち合わせを兼ねて、神田へ。
官報は、時どき利用する霞が関の「政府刊行物センター」にもあるかも知れないけれど、霞が関は比較的最近歩いたので、敢えて、ネットで調べた神田の販売所に行く。
北口で降りて(さあ、どの方向だろう?)と、ネットで調べた地図を取り出す。
しかし、よく分からない。半世紀以上前に初めて神田に下りた時も、方向がわからなくなったことがある。
その時には、駅の北口と南口を間違えて出て、よく似た斜めの道路を正反対の方向に歩いたため、目的地に着けず、諦めて下宿に帰ったのを覚えている。
ここの辺りの道路は、駅や線路と並行とか直角とかではなく、斜めに交わっているので、方向感覚がずれてしまう。 今回も、広い「斜め」の道路を前にして、地図をながめて考え込む。 考えても分からないので、歩く。 と、道路標示板が見える。
(この広い道路17号を真っすぐに行くと巣鴨に行ってしまうから、この先の信号を左に入って靖国通りを行けば、地下鉄の小川町に行くな。そう言えばこの前、九段下から神田神保町へ歩いた道が靖国通りだったか……)と、独り言を言いながら信号まで行き、大きな通りに出る。
かなり歩いた所で、地下鉄の入り口に出会う。 淡路町・小川町共通の駅だ。 また暫らく歩いて小川町。
街路樹のイチョウがきれいに紅葉している。
やっと錦町に出会ってもまだ8丁目。 信号を2つ、3つ過ぎて、やっと錦町1丁目の交差点。
角にあるイオン銀行の路地の先のビルに「東京官書普及株式会社」の看板が小さく見える。 何とか辿り着いたようだ。 2階で官報を購入したい旨を伝えると、2ヵ月前のものは4階に在庫があるだろう、とのこと。
4階に行き、10月27日発行の604号を2冊購入(1冊143円)して、目的は達成。
時刻は12時過ぎだし、散歩の歩数を稼いでいないのと、そもそも「おにぎりランチ」を食べていない。
1ヵ月前に歩いたばかりだが、神保町の本屋街へ行くことにする。
神田スクエアという大きなビルを通りかかると、ガラスの内側の中に綺麗な商品を展示している店が見える。
名前も「ANGERS」とあり、フランスのロワール川のほとりのアンジェ城で有名な街を思い起こさせる。
フラッとビルに入ると、店の入り口の看板に「ANGERS ravissant」と書いてある。「魅惑の街 アンジェ」とでもいうのだろうか。 店内には確かに「うっとりするような」ガラス器や陶器、その他が見やすくしかもセンス良く(「センスと無縁のオマエが言うな!」といわれそうだが)陳列されている。 商品は輸入物もあれば日本人作家の物もある。 客は女性が多い。
私は場違いなところに入り込んでしまったのかとも思ったが、カウンターの店員さんに写真を撮っても構わないか確認し、数枚撮らせてもらった。 ビルの前の広場では、ベンチでランチの人もちらほら居る。
(ここでランチもいいな)と思いながらも、もう10分も歩けば行ける小さな公園の日当たりの良い休憩場所を思い出して、歩を進める。
駿河台下の交差点に着いて、ふっと思い出して「書泉ブックマート」のビルを見ると「ABC-MART」の看板。しばらく見ないうちに(この前は「ん?」と思っただけで通り過ぎた)ずいぶん変わったものだと思う。
「すずらん通り」はこの前看板の写真を撮り忘れたので通りの東口から1枚。
特に買いたい本も無いけれど、三省堂の中を一周。
昼時なので、食後に本を買いに、或は見に来る人もいるからだろう、かなりの人が入っている。
大きくても小さくても本屋さんの雰囲気は好きな方だ。 そう言えば、買った本の支払いを自分で済ませる窓口が並んでいる。これも初めて見た。
自宅と仕事場だけを動いているうちに、世間は、社会は、どんどん変わっていることを実感する。
健康散歩のお蔭で浦島太郎にならないで済む。
テイクアウトのランチを求める人が行列を作っている。
そう言えば「お茶の水」という地名はどこに行ったのだろう?
「鉄腕アトム」には「お茶の水博士」が登場するし、お茶の水女子大学という女子高校生憧れの国立大学(男子高校生も憧れる? まあ、それは本人の自由)もあれば、駅の東側には神田川に架かる「聖橋」、西側には「お茶の水橋」があり、店の名前にも「〇〇お茶の水店」というのがあるけれど、地図上に「お茶の水」を見たことがない。 さあ、「お茶の水」はどこへ行ってしまったのだろう? と、考え始めると「夜も寝られない」地下鉄漫才のようになったので、後でネットで調べて見ると、Wikipediaに: 「(外堀=神田川)の北側にあった光林寺から泉が出て、この水を将軍のお茶用の水として献上したことから、この地が御茶ノ水と呼ばれるようになったといわれる。 また、このことから、雅称として「お茶の谷」という意味の「茗溪(めいけい)」という呼び名が存在し、周辺にこの名を冠した通りや商店があるほか・・・」 とあったので、地図に記す土地名ではなく、この辺り一帯を指す通称だと理解できた。 そういえば「茗溪堂」という本屋があったような記憶もある。
(2026年1月: 久し振りにお茶の水で時間があったので、ネット情報を元にお茶の水を歩き、お茶の水橋袂の交番横で「お茶の水の碑」を見つけたので載せておきます。もともとはもう少し西のビルの谷間、神田川に沿った岸辺?にあったようです)
公園では、ランチの人、食後の読書の人、スマホに見入っている人、思いおもいに午後の平和なひと時を過ごしている。 文字通りの小春日和の柔らかな陽射しを浴びて、人も木々も居眠りをしているようだ。 そう、私の陣取った休憩場所でも、私のベンチの足元で、新聞を敷き、顔にハンカチを置いて昼寝をしている人も! 遊具のコーナーでは母親が3、4歳ぐらいの子供をブランコで遊ばせている。 隣の小学校(お茶の水小学校=元錦華小学校)はまだ工事中で、その敷地にあるはずの「漱石の猫」は、今回も見つけられず、次回の散歩の宿題として残った。 工事が完成するのは令和5年(2023年)らしいから、「宿題」から解放されるのは当分先のことだ。 こんなことを調べるためにネットを見ていたら、この小学校の校歌の作曲者は、あの元気な、ヒゲの山本直純さんだった。 作詞は「校歌制定委員会」。
先ほどの坂道を上り切って、左に行くと水道橋駅。
途中に「アテネ・フランセ」というフランス語の学校の紫色のビルに出会う。
私は、大学時代は生活に余裕がなくて行けなかったが、社会人になってからフランスへ行く準備で半年ほど通った。
その昔、太宰治や坂口安吾も通ったそうだ。 太宰治は大地主の裕福な家庭の出身だと有名だから余裕で通えただろう。坂口安吾の家庭事情は知らないけれど、真面目にフランス語を勉強していたことが分かる。(調べたら、父親は新潟県の国会議員だった。)
アテネ・フランセから中央・総武線の線路沿いの坂道に交わる辺りに「東京デザイナー学院」がある。正門に翼を着けた白い牛の像があるので、1枚撮る。
今年が丑年なので牛なのだろうか? 来年、寅年になったらどんな像を創るのかな?
と思いながら、坂を水道橋駅に向かって下っていると、石碑がある。
また、この坂の名前はp莢坂(さいかちざか)。
ネットなどには皀角坂としてあるものが多いが、坂の途中に立ててある表示柱には白の下に七があるpを使っていた気がする。 「和名サイカチは、生薬のひとつである皀角子(さいかくし)に由来し、「皀」は黒、「角」は莢を表わしている
。中国名は、山p莢である」
と書いてあるので、「p莢坂」が正解だと思う。 で、もっと調べてみると「皀角坂」の表示柱も別にあるらしい。 なお、莢は(さや)で、大豆、インゲンやエンドウなど豆類の豆を包んでいるサヤのことだそうだ。これもネット情報。 坂を下り切ると水道橋駅。
いつもと違う角度から神田川の写真を1枚。 今日の散歩はここで終了。
今日の歩数 12,000歩 |