新型コロナの第5波が過ぎ、オリンピックとパラリンピックも何とか無事終わった。
まあ、「無事」言えるかどうかは分からない。というのもコロナの5波はオリンピックと同時に日本を襲い、オリ・パラのお祭り騒ぎは5次の非常事態宣言下で行われ、首都高速は通行料が+2,000円となり、オリンピック本体の期間中はあちこちの出入口が閉鎖された。
オリンピック関係の車両が首都高の上で渋滞に巻き込まれないための措置だったが、私も横浜まで行って、高速を降りる時はスムーズだったが、帰りに東神奈川の高速入口が閉鎖されていて、いくつか飛ばして羽田口でやっと首都高に乗れた。
9月30日に緊急事態宣言が解除になり、1日当たりのコロナの新規感染者数も次第に減り、制限はあるが少しだけ普通の日常が戻ってきた。
ワクチンの接種も進んではいるけれど、これが普通のインフルエンザ並みの病気になるには2,3年はかかるらしいし、疫病の専門家会議の観測では、また近いうちに第6波が来る可能性があるということだから、気を緩めるわけにないかない。
夏の一番多い時は1日に25,000人台だった全国の感染者数が、今日(2021年10月)は300人台、千葉県でも500人台だったのが10人台となった。
油断はできないけれど、通常の予防対策で外出できるようになった。
頑張れば、社会の困難は何とかクリアできるけれど、疫病の流行りを抑えるには医学の力を頼るしかない。 ホント個々人は無力だ。
でも、そんなことより、うちでは「火の車の台所事情」を何とかする方が喫緊の課題だ!
と言うことで、私の「おにぎりランチ散歩」も、運動不足の解消と、昼食時に人の集まる飲食店を避けるためにも、当分続きそうだ。 ここから、いつもの健康散歩記に戻ります。
都内での打ち合わせ前に、久し振りに神田神保町あたりを歩こうと思ったが、
西船橋から地下鉄の東西線で九段下まで行き、地上に出ると小雨が降っている。
神保町ではおにぎりを食べる場所が見つからない恐れがあるので、4月に歩いた北の丸公園で場所を探すことにする。
「公園」だから、ベンチはあったし、この前は探さなかったが(アズマヤぐらいはあるだろう)と思ったからだ。
田安門から行くと、お濠(牛ヶ淵)は、この前は何もなかった水面が蓮の葉に覆われて、夏の名残りをみせている。
田安門の大扉の内側の構造部に、ちょうどベンチのように座れる段差があるので、少し食指が動いたが、門だから人通りも多いし、記念の建築物に申しわけないので素通りする。
武道館を左に見ながら進むと、休憩所があった。
(これだ。これなら雨は怖くない!)と、入り口で手を消毒して入る。
他には、2人の子供を連れた母子家族が一組だけ。
テーブルの上にはコロナ対策のアクリル板が立ててある。
外に出て見ると先ほどの霧雨は上がっているので、その辺を散歩する。 休憩所の隣に比較的大きめの休憩所。
その先の小橋を渡り広場にでると、また違う景色が広がる。
ケヤキの大木が天に向かって伸びる広場は、天気の良い日に子ども連れでレジャーシートを広げれば、のどかなランチになるだろう。
ここから先は4月に歩いているので、まだ歩いていない所はまたの機会として、(さあ、つぎは何処を歩こうか?)
当初予定していた神田の本屋街もいいけど、近くに靖国神社があるのだから、と、靖国神社参拝に方針転換。
私は、戦争には大反対だけど、この神社が特別嫌いなわけではない。
1974年(昭和49年)に再建した鋼製、高さ25m、幅34m(笠木=上の横木)の大鳥居の向こうにサムライの像が空高く聳えている。
さらに進むと、第二鳥居。こちらは1887年建立の青銅製とか。 その手前には境内内の車道が横切り、広場の端に「下車」の指示看板があるから、車で来た普通の人はここで車から降りることになる。
左手に「大手水舎」があるが、水は流れていない。きっと新型コロナの影響で、参拝の人が密集しないように、水を止めたのだろう。
鴨居の上の辺りに、「手水の作法」の手順が描いてある。
その先に「神門」があり、門の扉の磨き上げられた「菊の御紋」が眩しい。
「ここから先は犬を連れての散歩はご遠慮ください」とある。
神門では、軽く礼をする人、深く礼をする人、何もしない人、いろいろだ。
庭の左右をみると沢山の桜の木が植えてある。そのなかには連隊名などを書いた札を付けたものもあり、関係者が奉納したものらしい。
きっと、春には桜の庭が広がるだろう。
その先の中門鳥居をくぐって拝殿に向かう。 拝殿の脇に守衛さんがいるので、確認する。
「お参りして良いですか?」 「どうぞ」 「写真は撮って良いですか?」 「階段から降りたところから先は大丈夫です」
これで安心して、参拝し、戦死した従兄の冥福を祈り、家族の健康をお願いする。
階段を降りて、あちこちで写真を撮りまくる。
何年か、何十年か前に一度来たと思うけれど、境内を歩き廻ったり、写真を撮った記憶がない。
前にも書いたけど、当時は普通のフィルムのカメラだったので、フィルム代、現像代、プリント代などを考えると、写真を撮るにも懐具合と相談しながらだった。
今は何100枚撮っても、データをパソコンに保存して置いて、必要な物だけ印刷すれば良いから、財布の中は気にしなくて良い。
中門鳥居のすぐ外側に「皇族下乗」の小さな看板があるから、皇族の方がたはここで車から降りたり乗ったりするのだろう。昔は馬車から降りたのかもしれない。
刀には興味があるから「遊就館」に向かう。しかし、入り口で案内パネルを見ると入場料は一般1,000円となっている。
ポスターには由緒ありそうな槍の穂先の写真。
この前、刀剣博物館で日本刀をゆっくりみたから、今回は見送る。
で、中庭を歩いていると、「特攻勇士」の像がある。となりの建物のガラス窓から戦闘機が見える。(あれは、ゼロ戦じゃないか?)
(今回は槍と刀はいいけど、やっぱり零戦は見たい)
と、遊就館に入ると、2階で有料の刀剣展を開催し、1階は無料で自由に見られる常設展示場になっている。
ここでも、案内窓口で、
「写真は撮っても構いませんか?」
「ええ、ここは大丈夫です」
との会話を交わして、ありがたく見せて頂く。
館中には、飛行機と機関車C5631、八九式十五糎加農砲、九六式十五糎榴弾砲や戦闘機に搭載されていた機関砲、他に戦闘機の座席現物などが展示されている。
戦闘機はやはり零戦(三菱零式艦上戦闘機五二型)で、ゼロ戦の中では最も多く生産されたものとのこと。
(「ゼロ戦」の愛称で知られる機は昭和15年生産の「一一型」らしい)
戦争は嫌いだけど、兵器は興味ある、というのは、斬り合いは嫌いだけど刀剣には興味がある、と同じで、戦いは嫌いだが、その時代の粋を集めた科学技術や匠の技には驚き、感心するものがあり、それに至るために渾身の力を注いだ人たちの「努力」に頭が下がる、ということ。
神門の内側、桜の庭に面して、立派な能楽堂がある。
「令和」の御大典を奉祝して造成したものだと説明がある。
要するに、平成から令和に改元された記念の井戸で、水は境内から湧出する地下水を利用しているそうだ。
その先の木立の中には、各県の神社などから奉納された桜の陶板の碑が、配置されている「慰霊の庭」と名付けられている。
大村益次郎の像の(帰り道から見て)左手の林の中には「慰霊之泉」。戦没者に水を捧げる母の姿を抽象的に表現した像だそうだ。
また、その先には出征を見送る家族の像。
参拝と見学を済ませて地下鉄の駅に向かうと、黄色い傘とランドセルがいくつか揺れながら同じ駅の入り口に向かっている。
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