人形町界隈


隅田川・人形町・明治座・甘酒横丁

どことなく江戸の下町を想像させる街角

街の名前の所為か?  2022.08 






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 新型コロナの第7波は、一日の感染者数が20万人を超えたとか、切ったとかの状態。

 少しインフルエンザ並みの意識になってきてはいるけれど、オミクロン株など変異株の重症化率が低いので、侮れないところがある。

 私にも4回目のワクチンの接種券が来たので、今月中には受ける予定。

 コロナがあっても、暑さがあっても、打ち合わせをしておかなければ自宅での仕事も進まない。

 と、いうことで、今日も都内で打ち合わせがあるので、ついでに散歩をすることに。




早朝に、ベランダに出ると、プランターの朝顔が2輪、花をつけていた。

 

流石に熱中症も怖く、長時間の外歩きは無理なので、いつでも中断して日陰に退避できるコースとして、日本橋界隈にする。






 

 総武快速で馬喰町駅まで行き、都営新宿線で1駅の浜町へ。

 

 とりあえず隅田川に出てみる。

 浜町公園のグラウンドの北側を歩き隅田川土手に出て、高速道路下の北の階段を上ると堤防の上に出る。

 川上には両国橋が見え、水上バス乗り場のあるテラスに降りると、川下には新大橋の黄色い2本の支柱が目に入る。

















 

 このテラスもギャラリーになっていて、隅田川を題材にした浮世絵が数点展示されている。

 



 

 浮世絵や近くの学校の生徒たちの作品を眺め、視線を川向うに移すと、堅川水門があるが、こちらと向こうとの間を結ぶ高速道路の橋(両国大橋)の足元に、いくつかの橋脚跡(橋げたの土台部分)が水面に顔を出している。

 昔の橋の跡か、これから拡張建設する橋の土台か、実は何か分からないから、「夏休みの宿題」にしておく。





 笑顔の観光客を大勢乗せた水上バスが白波を蹴立てて通りすぎ、テラスで散歩する人、ジョギングする人、などにぽつぽつと出会う。

 堤防を越えて戻り、さっきのグラウンドの東側を辿って浜町公園に入る。

 グラウンドは夜間照明装置を備えた、小さいけれど多目的に使える運動場になっている。

 






 公園の木立の間にはベンチが配置されていて、ちょうど昼時なので、みなさん食事を取ったり、昼寝をしたりと、思いおもいの昼休みを過ごしている。

 私も、歩いた距離は短いけれど、暑さに負けて疲れ気味なので、巨木の木陰のベンチで「おにぎりランチ」にする。

 


 ランチを終えて公園内を少し歩くと、いくつかのモニュメントや記念碑が点在し、小学生女の子が捕虫網を持って、蝉を探している。

 

 目の前には区立の総合スポーツセンターがあり、公園はもっと奥がありそうだけれど、時間と疲れの関係で、公園を後にする。














 

 

 公園を出て、明治座通りを進むと明治座がある。その角に稲荷の祠があるので、お賽銭を供え、世界の平和と、家族の健康をお願いする。

 

 





 

明治座で7月末から8月中旬まで上演しているのは「舞台 ゲゲゲの鬼太郎」。ただし「本日休演」。

 なかなか観劇の機会はないけれど、参考までにパンフレットを1枚頂いておく。






 

 

 通りの中央分離帯の桜並木では、中央区土木部公園緑地課の建てた、「勧進帳」の一場面の武蔵坊弁慶像が大見得を切っている。



甘酒横丁に入り、小径の左右の店を眺めながら人形町駅に向かう。

 


 

メディアに頻繁に登場する店も多く立ち並び、その間に歴史を感じさせる小店や、懐かしい小物を売る店が頑張っている。









「戸田屋商店」では、よく時代物の小説で「旅籠(はたご)の軒先に、目印の笠をぶら下げておこうか……」と言うときに使われる菅笠(三度笠など)や、竹細工、木細工の品物が並んでいて、見ているだけでも楽しめる。


 

 もちろん地下鉄出口の、人形焼きの「板倉屋」、そして親子丼の発案者としてよく名前を聞く「玉ひで」もある。

 「玉ひで」は現在改築中で数年先に新装開店となるようだ。


 

 大通りを左に行けば水天宮があり、今日の散歩の初めには予定していたけれど(数年前に娘の安産をお願いしにカミさんと行ったが、今回は特に出産の予定もないので、お参りは見送る)、区画の角の地図に「島崎藤村生誕地」とか「西郷隆盛屋敷跡」の表示があったので、予定を変更して、そのまま進む。しかし、そのふたつを探したけれど見つからない。







うろうろしながら進むと突然、歩道角のクリニックの前にクジラの頭の像が現れた。

 

 なんでも、「あやつり人形」のバネにはクジラのヒゲが使われているとのことで、人形浄瑠璃から伝承の文楽人形には、弾力に富んだクジラのヒゲでなければいけない、ということで、今でも使われているそうだ。

この一帯は寛永年間(1600年代)から、そのあやつり人形を作る人形師や雛人形の職人や店が立ち並んでいたことから、昭和になって「人形町」という地名になったそうだ。

そういう由来を聞くと、江戸時代に小舟に乗ってモリで仕留めていた漁師たちがいとおしくなるし、現在も紀伊半島(和歌山の太地町)や房総半島(千葉の和田町)の沿岸で、回遊してきたツチクジラ(どちらの町でも)や、ゴンドウクジラ(太地町)、ミンククジラ(和田町)(詳しくは知らない)などのヒゲクジラを捕獲しているのはありがたいことだ。

小学生の頃の給食の「肉」はクジラ肉で、家庭でも肉料理はクジラだった。 (秋祭りの「ご馳走のすき焼き」だけは牛肉だった)

私にはうまいとは思えなかった。ただ、みそ汁の具に出汁に入れた細切りの「クジラの皮」は大好きで、汁椀の中から黒い目印を「拾って」食べた。

何年か前に、秋葉原駅のエキナカのイベントコーナーで、(千葉県の)館山の生徒たちが学校の実習で作った(?)クジラの缶詰を買ってきた。

この缶詰は懐かしさも調味料になって美味かったですよ!


 

 

ということで、いつか人形浄瑠璃を見る機会があるかな……、と思って歩いていると、視線の先に「小網神社」の矢印があったので、そちらに向かう。

 路地を進むと、ビルに挟まれて鳥居があり、社務所の前に人だかりがして、中には行列に並んで人もいる。1466年創建の古社だそうだ。

 行列はおみくじかお札を求める人で、鳥居の内側には参拝の順番を待っている人もいる。

 私も順番を待って参拝する。


 今日は、ともかく暑くて、ここまで。

 

 

 今日の歩数  12,500歩 (散歩は7,000歩程度)

 








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