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おにぎりランチ(おむすびランチ)で健康散歩79

柴又帝釈天と矢切の渡し

参道に並ぶ店からは おいしそうな香りが流れ
  「男はつらいよ」のメロディーが聞こえてくる・・・ 
          
           2022.07 






 梅雨明け宣言の後、真夏の日が続いたと思ったら、台風と前線のためにぐずついた日が1週間続き、台風が温帯低気圧になって通過し、やっと「晴れ」予報の日が来た。

丁度都内で打ち合わせがあるので、健康散歩をすることに。。。

目的地のアイデアが浮かばないので、先日の「かつしかウオーキング」の冊子をめくっていて「柴又」が載っていたので、ここにする。

 電車のルートが分からないので、前に「水元公園」に行った時のフォトブックを見ると、幕張本郷から行っていた。

そう、京成を使うならこの手があった。

それなら、この前「堀切菖蒲園」に行った時もこの手を使えば一直線に行けたのに、間違って快速で日暮里まで連れて行かれて(自己責任!)、菖蒲園まで2時間以上かかってしまった。

トライ・アンド・エラー(正確にはトライアル・アンド・エラー=trial and error=試行錯誤、だそうだ)で学習すれば、動物でもエサに一直線に向かって行くようになるのに、私には「学習能力」が不足しているらしく成長していない。

今日は身に着いた能力ではなく、過去のメモを確認して、とりあえず京成高砂駅経由で「柴又駅」に到着。






柴又駅前の「フーテンの寅像」、「お兄ちゃんを見送るさくらの像」を、角度を変えて数枚撮る。
 寅を大きく撮るとさくらが小さくなり、さくらを振り返る寅を撮ろうとするとさくらの後ろ姿がおおきく、寅は小さくなる。なかなか難しい。
(昔、20年ほど前に来た時は寅さんの像だけだったと思う。)









まあ、それはそれで、参道に向かい、参道口や前回見落とした石碑や像を撮り、ぶらぶら歩きながら参道の両側の商店もデジカメに収める。

参道入り口の左手には南無妙法蓮華経と大書した「帝釈天王安置の碑」。






 

映画の撮影の舞台に使われた「高木屋」さんも1枚撮る。











他に、だるまやさんや川魚専門の料理屋さんも、店先から達磨を眺めたり、生け簀(水槽)の魚をのぞいたりしていると飽きない。

帝釈天に着き、例によって、参拝し、境内を一周して、立派な鐘楼や瑞龍の松などを撮り、葛飾案内に載っていた「彫刻ギャラリー・邃渓(すいけい)園」を見ることにする。







境内のどこからか、「男はつらいよ」の主題歌のメロディーが流れてくる。

 

今日で3回目の参拝だけれど、こういう庭園やギャラリーがあることに気づかなかった。


そう、どこかに行く時は、前もって少しは調べておかないと、帰宅してから(そんなのがあったのか!)と臍(ほぞ)をかむことになる。







今までの散歩の時にも何度も経験しているけれど、さっき話した「トライアル・アンド・エラー」の成果もなく、同じ失敗を繰り返しているから、私の場合は「エラー・アンド・エラー」だ。

今回は案内書を見ておいたので、なんとか帝釈天の名所を見ることができる。

 そうそう、案内書と境内の地図を見て知ったことがいくつかある。







入り口の素晴らしい山門は「二天門」、その正面の、今まで(私が)本堂だと思っていたのは「帝釈堂」、その右の大きな建物が「本堂」、南の門が「南大門」だそうだ。

宗派は日蓮宗で、正式名称は経栄山 題経寺(きょうえいざん だいきょうじ)で、1629年(寛永6年)に開創。

旧本山は大本山中山法華経寺(なかやま ほけきょうじ)(1620年、鎌倉時代建立)とのこと。

中山法華経寺といえば、家から近い市川市にあり、一度お参りしたことがある。

法華経寺では日蓮の幼少時の難儀を「鬼子母神」により平癒された事から、豆まきの時に「福は内、福は内」と唱え、「鬼は外」と言わない決まりとなっている、とのこと。(後付け情報)

まあ、詳しくはネットで見て頂くとして、ギャラリーと庭園を廻ることにする。





 

帝釈堂と本堂の渡り廊下の下をくぐり、受付で拝観料400円を納め、まず大客殿を巡る。












 緋毛氈が敷かれた長い廊下の鴨井の上には額に入った数々の彫刻が並び、部屋の中にも宗教画や経典の書の?風が幾隻も展示されている。








 

ここからの庭園の眺めも良いけれど、まっすぐな廊下を終えて、ジグザクの回廊を歩くと、庭園(昭和40年に造られた)を一周することになり、丁寧に造られた和風庭園を楽しめる。




 


 

回廊の下まで延びる池の傍では、いつもの公園や庭園のように、甲羅干しの亀や鯉の群れにあいさつしながら歩を進める。

築山の麓には神水の手水鉢もあり、冷水が石の樋から流れ落ちている。






 

 回廊を一周して、和風庭園を楽しんだ後は、彫刻ギャラリーを見る。

帝釈堂の後ろ半分を外側から巡る廊下が造られており、そのまた外側をガラスの窓が覆い、雨風を遮ってくれている。

「ギャラリー」という現代風な名称とは対照的に、創建時の彫刻が圧倒的な迫力で迫ってくる。







 太い木をそのまま刻んだ龍の頭は通路に向かってその存在をアピールし、宗教画をもとにしたような透かし彫りは、確かに見ごたえがある。

 




 

帝釈天をひとわたり見た後は、「矢切の渡し」の船着き場に向かう。





お寺の西側の道を歩いていると江戸川の堤防が見えてくる。







 その堤防の手前の道を横切り、土手上の歩道に出ると、広い河川敷が見渡せ、野球のグラウンドや、花の手入れをする人の姿が見える。

 その向こうの川岸に船着き場を知らせる小さな旗が風に揺れている。
 乗り場の目印のように、大きな夾竹桃には赤い花が満開だ。











 

昔、家族で来たときは、対岸の国府台側に車を停めて、渡し舟でこちらに来た。

今日は平日なので舟旅の人の姿はない。




 


 せっかくなので写真を撮ろうと思い近づくと、本を読んでいた船頭(これはやっぱり舟頭ではなく、船頭さんだろうね)のお兄さんがもやいを解こうとするので、「すみません、今日は写真だけ撮らせてください。以前、野菊の墓のほうからこちらに来た時世話になりましたよ。ずいぶん前のことですが」と言うと、上げかけた腰を舟のトモにおろして読書の続き。

時間があれば往復を乗ってもよかったけれど、なにせ午後の予定がある。

乗り場には昭和のヒット曲「矢切の渡し」(つれて 逃げてよ……♪)の歌碑が立っている。
 

そういえば、以前来た時には「寅さん」に似た衣装の人が、観光客を迎えてくれていたな。あの人は元気かな? 今日は平日で客がいないので、お休みか。

広い河川敷には、ボランティアのみなさんが、それぞれの団体の名札を付けた花壇を作り、花と緑の河川敷を保存している。区や社会福祉協議会、金町小学校の花壇などもある。近くでは二人の男性が散水作業の真っ最中。





 

花壇の傍に、葦簀(よしず)屋根の休憩所があるので、そこでランチにする。

 


 

おにぎりのランチを終えると、川の写真を撮りたくて、河川敷をうろうろ歩き、草を刈り倒して岸が見える場所を見つけ、近づくと釣り人が一人。

竿は川に向かって据えてあり、本人は少し離れた木陰の椅子で新聞を読んでいる。





「ちょっと川の写真を撮らせてください」

「どうぞ!」

「何を狙っていますか?」

「コイ!」

「練り餌ですか?」

「乾燥芋!」

「へー、ひとつ勉強になりましたよ。ごゆっくり」

いつものようなシンプルな会話を交わしてから、川の写真を数枚。

 対岸の船着き場の隣には、ゴルフの河川敷ショートコースがあり、人影が動いているのが見える。

(あの隣の青空駐車場に停めたな……)と、20年前を思い出す。 

もっと前の、50年前(学生時代に市川で下宿していた)を思い出すと、(そういえば、あの1kmほど川下の国府台駅近くでハゼ釣りをしていて、80cmを超えそうなコイを見たな……)。

この人も、竿を引いて逃げそうな大きなコイを待っているのだろう。

 

 視界を遮るものが殆どない河川敷をしばらく歩き回り、柴又駅に向かう。

 ホントはこの川下に「寅さん記念館、山田洋次ミュージアム」もあるらしいけれど、時間の都合で、今回は見送りにする。

 途中、帝釈天の参道で、今まで見落としていたものを見つけた。







 「帝釈天王安置の碑」の向かい側に「映画の碑」が映画のフィルムをイメージした石板に、フーテンの寅の挨拶の口上「私 生まれも育ちも葛飾柴又です……」が刻まれている。

私の好きな口上で、宴会やカラオケで歌える歌がない時(いつもない!)は、この口上の真似で切り抜けてきた。

「映画の碑」の隣には「参道改修記念碑」があり、桜の大木が聳え、その奥には庚申塚と思われる門がある。(「塚」らしきものは樹木に埋もれて見えないので、私の推測の真偽は定かではない。)



 これで「おわり」にしようと思ったら、駅のホームに映画のポスターのパネルが何枚も掛けてあったので、それも1枚追加しておく。。(これも今まで気づかなかった!)

 







































今日の歩数 13,200

 







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