不忍池から暗闇坂、
竹久夢二美術館を外から眺め、根津へ

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今日は時間の余裕をみながら、先週に続き上野界隈を歩くことにした。
御徒町駅で降りると、今日は駅の隣にあるスーパーに立ち寄る。 スーパーマーケットだからいろいろな商品のフロアやコーナーがあるが、
ここの魚介売り場は、以前は、街中の魚屋さんが古いビルの中にポッと店を出したように、雑然として、珍しい魚や貝が並んで、威勢の良い声が飛び交って、私はその雰囲気が好きだったので、都内での仕事の帰りに買って帰ることも度々あった。
その後、ビルが新しくなり、他のテナントも変わり。このスーパーの魚介売り場も小綺麗な売り場になり、飛び交う声も少し大人しくなり、少し淋しいが、並んでいる魚や貝は新鮮そうで、衛生的に管理されている様子がよくわかる。
今日は眺めるだけで、散歩の先に進む。
次は、アメ横を通る。 飲食店の前にはぎっしりとテーブルが並び、若い人たちがランチを楽しんでいる。(ここは、この前の写真の一杯飲み屋とは異なる区画の店)
ついでなので、違う景色を数枚撮って、中央通りの上野広小路に出る。
この広小路も明暦の大火の後、都内(江戸内)の各地にある「広小路」と同じく、火事の延焼を防ぐための日除け地として作られたそうだ。
ここは上野山下(うえのやました)とも呼ばれる地帯だ。私の故郷に津山山下(つやまさんげ)という地名があるので、つい間違えそうになる。 (そうだ、ここまで来たら、西郷さんに挨拶をして行こう) と思い立ち、上野公園に上る。 上野公園は今回の「運動散歩」でも、何度も歩いたけれど、なぜか上野駅で電車に乗る頃に時間の余裕がなくなったり、デジカメのバッテリーが切れたりで、西郷隆盛の像の写真を撮れていない。
公園の入り口の桜が満開で、みんながカメラを向けている。 その奥に公園の名前を刻んだ丸い石があるが、今まで、これにも気が付かなかった。
その後ろを右に上がって広場に出ると、犬を連れた西郷さんが上野の街を見おろしている。
西郷さんの写真を撮って、やっと宿題がひとつ片付いたということで、広場を横切ると、一段上がった所には彰義隊の墓。
さらに北に進むと、前回参拝しないで過ぎた「清水観音堂」
ここは崖のように切り立ったところに、テラスのように前庭が作ってある。
下をみると、庭木の松を丸く曲げて作った輪の中に、中島の弁天堂が正面に見える。(この章の最初の写真)
石段を降りて、先週も来た弁財天に向かう。 右手の動物園は今日も「休園中」。 この前ランチにした広場で、またチェックしていなかったポイントの撮影。
「駅伝競走」の歴史の地。
大正6年(1917年)、京都・三条大橋をスタートして、ここ不忍池・奠
小さな天龍橋を渡り、弁天堂境内に入る。
本堂の裏に行くと「奥の院」。
ネット情報によると、「巳の日には開錠されるそうだ。
ふらふら歩いていると、もう12時を過ぎている。
目の前では数羽の雀が弁当のおこぼれを待ち、まだ葉の無い藤の蔓の巻き付いた棚の上では、ハトの群れとカラスが、場所取りを争っている。
不忍池では、枯れハスと葦の間を、カイツブリやカモがゆっくりと泳いでゆく。
ランチを済ませれば、後は気になるものはないので、通勤バッグを斜め掛けにして、竹久夢二美術館方向へ向かう。
途中、ボート乗り場から不忍通りに出る前には、池の中に大きなコイの群れ、その水面には白いユリモメやカモの群れ。 浅い池があるこの地は、エサも取りやすく、渡り鳥の天国だろう。
(そういえば、この辺りに横山大観記念館があったはずだ)と思いながら、門に近づくと、実はその記念館だ。
時間が無いから、ゆっくり中を訪問しているわけに行かない。 そう、「健康散歩」と「芸術鑑賞」は相反するものだ。 前者は、1歩でも多く距離を歩き、有酸素運動をして、筋肉や肺機能の(私の場合は)衰退を遅らせることを目的にしているのに対し、後者は、時の流れを忘れて、見えるもの、聞こえる音に浸ることだから、両方をひとつの行程の中で達成するのは難しい。 今日は「健康散歩」の日だ。 横断歩道のところまで戻り、左手に東大池之端門を見ながら、「暗闇坂」の緩い上り道を進むと、右手の塀に、いつかどこかで見たことのあるような絵のパネルが埋め込んである。
今日は、今度来る時のための、場所の確認だけで通り過ぎる。
美術館から2つ目の角を右に折れ、住宅街を2区画進み、広い言問通りに出ると、その右角に碑が建っている。
そのまま言問通りの坂道を右に下り、地下鉄根津駅で今日の散歩は終了。
今日の歩数 13,600歩
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