おにぎりランチ(おむすびランチ)で健康散歩
外谷(そとや)汐入庭園
モンチッチ公園
天祖神社 2022.06
爽やかな水の流れ と 緑あふれる立木の公園
チビッ子たちの ほのぼのキャラクター !

この1週間、はっきりしない天気、言葉を変えれば「梅雨らしい」天気が続いていたけれど、天気予報によると、今日は真夏並みの気温になると言う。 それでも雨より散歩向きなので、先日菖蒲園で頂いた葛飾区配布の「かつしかウオーキングマップ」の中から、今日は新小岩の外谷汐入庭園の辺りを歩くことにする。 北口を出ると、地図を片手に、生活のにおいに満ちた駅前商店街の路地を抜け、平和橋通りと蔵前橋通りの交差点へ。 ここから、通勤バッグを斜め掛けにして「健康散歩」のモードに入る。
道路標示を見上げると、このまま北に進むと、先日の堀切菖蒲園に行くようだ。
今日は信号1つぶん西に歩き、西新小岩から斜めに右に入る。(正確には、この斜めの道が「真西」に向かっている)
新緑の桜並木が続く小径だ。
右手にイムス東京葛飾総合病院を見ながら通り過ぎ、新小岩中学校前を通り、桜並木が切れる辺りで公園に出会う。
健康器具(といっても、背伸ばしのベンチや、懸垂用の鉄棒など)がある「間栗(まぐり)公園」。
公園から真北への路地を歩いていると小さな赤い鳥居が数基並んだ奥に祠がある。きっと〇〇稲荷だと思うが、名前はわからない。
小さな賽銭投入用の扉をあけて、小銭を供える。
さらに北上を続けると団地の入り口に椿のような花が満開なので1枚。
立派な寺だけど、奥に進んで良いものやら、まずいものやら。 一般の人の参拝より、近所の檀家がお参りするお寺のようだ。 1歩だけ左奥にお邪魔して庭の景色を取らせて頂く。向こうの方に咲き誇る紫陽花と五葉松らしい手入れのされた植木が見える。
右奥は墓地になっている。
門の外の掲示板を撮って、帰宅後にみると、掲示の内容より、撮影中の私の姿のほうがはっきりとガラスに写っていた。(まあ、毎回こんな格好で散歩しています)
これも帰宅後、ネットで見ると1513年開山の古刹で、関東大震災後に押上からここ葛飾の地に移転したそうだ。 ここからは地図を見ながら入り組んだ路地を右往左往で、上平井橋に出てしまい、また左斜めに住宅地の路地に戻り、何とか「外谷汐入庭園」に着いた。
広い道路から1本裏に入ったところなので、わからなかったようだ。
地番は西新小岩三丁目42。
古そうな門の前には、飾りの石が埋めてある。
昔の石臼だとわかった。
こんなことを話している私はやっぱりそのうち「昭和の語り部」になるのだろうか。 時どき水車の写真や絵をみることがあるけれど、その中の様子や、粉挽きや米つきの仕組みを知っている一般人も少なくなっていることだろう。
焼き物の里の番組を見ていると、その材料の土をきめ細かくする時にも、米の水車と同じような方法でやっているのを度々見かけた。 先日見た「水琴窟」にしても「水車」にしても、昔の人は自然の力を上手く使って、楽しみや生活を成り立たせていたのだとつくづく感心する。 もちろん、スピードと結果、「経済的な効果」を求められる現代では難しいだろうけれど、わざわざ声高にSDGsとか言わなくても、昔から「持続可能な発展」は存在したわけだと感心する。
庭園に入ると飛び石が美しく配置され、「小さな森」の奥へ導いてくれる。
この和風庭園の各所に配置された庭石は紀州、丹波、伊豆小豆島などで産出される19種類の自然石が使われているそうだ。ふと、以前散歩した「清澄庭園」を思い出した。 今は葛飾区公園課が管理をしている。 関東大震災後から十年余りでこの庭園の原型が出来上がったそうだ。また、元は「汐入り」の名前の通りに、隣を流れる中川から水を引き、汐の満ち干で水面変化を楽しめたようだ。 説明板にあるように「大正から昭和初期の潤沢な古き良き時代の面影を残して」いる。 観光客のためのトイレも設置されている。(散歩の時にはこれも重要な設備だ) 近くで工事中の作業員の人もちょっと拝借にやってきていた。
池の中では鯉が悠々と泳ぎ、岩の上では亀たちが甲羅干しをしている。
私も一休みしたくなって、藤棚の下のベンチで、おにぎりのランチを取る。
そういえば、この庭園にはモミジが多く植えられているから、秋に来るときれいな紅葉が楽しめそうだ。
ベンチの正面に見える井桁の脇の石に文字が刻んである。
「赤」とも読めるが、本当のところは不明。
右手の東門(?)の脇の石組は、丸い石の組み合わせで、自然の中に造った人の優しい気持ちが込められているようにも見える。
この前の「荒川散歩」の時に遠景に撮ったハープ橋を、今日は足元から撮る。
今回は近すぎて、大小のハープ橋を1枚に収められない。
この少し上手に西新小岩五丁目公園がある。別名「モンチッチ公園」という。
広い砂地の公園の一部に「健康広場」(背伸ばしのベンチなどがある)があり、その隣に「モンチッチ公園」が併設されている。 私は「モンチッチ」を知らないが、可愛いサルのキャラクター像がたくさんあるので、片っ端からデジカメに収める。 20枚ほど撮ったけれど、全部は載せられない。 いつかうちのちびっこ達が来ることがあるかも知れない。 公園内の説明板によると、ここにはセキグチ・ドールハウスがあったそうだ。
大正から昭和20年代に葛飾区ではセルロイド工業が繁栄し、セキグチ・ドールハウスではセルロイドの人形や玩具を(改装した)材料倉庫に展示していたとのこと。
「モンチッチ」は、その(株)セキグチが1974年に造ったキャラクター人形にフランス語のモン(私の)、プチ(可愛いもの)から、「モンチッチ」と名付けたとのこと。世界二十数か国で人気を博しているそうだ。 ここで散歩を終了しておけば良かったけれど、いつものように「折角ここまで来たから……」と、次の目的地「天祖神社」を目指す。
住宅街の路地から路地を辿り、炎天下を1kmほど歩いて天祖神社に着く。 ネットで見ると、詳細は不明だが12世紀頃の創建と見られるとのこと。
現在の本殿は新しいが、境内にある多賀・三峰・疱瘡の三社はそれぞれの時代を感じさせる。
(写真は撮ったけれど、どれがどの祠なのか、私には分からない) また、上平井村(さっき見た中川に架かる橋は「上平井橋」だった)の鎮守だったとのこと。
鳥居の脇には災害時の一時避難場所であるとの「お知らせ」が立ててある。
このすぐ近くには「えんま寺」として知られる「上品寺(じょうほんじ)」があるらしいけれど、今日は「距離」より「熱射」に負けて、もう歩く気力が残っていないので、駅に向かう。
15分程で、今朝降りた新小岩駅北口広場に到着。
ふと気が付くと、広場に「モンチッチ」の像が建っている。今年の1月に建てられたそうだ。 柴又駅の「寅さん」と「おにいちゃんを見送るさくら」の像や、亀有駅の「両さん」の像、桜新町駅の「サザエさん」(磯野家の)像(まだ見ていないけれど)と同じように、「モンチッチ」も新小岩駅の顔になったようだ。 電車に乗り、帽子を脱ぎ(薄い後頭部が「高齢者」の証明)「優先席」にすわって(やれやれ、健康散歩も大変だ……)と思いながら、午後の仕事場へ向かった。 そうそう、これを書いているのは6月28日だけれど、昨日27日に東海、九州南部、関東甲信越の梅雨明けが発表になり、今日昼のニュースで、ほぼ全国の梅雨が明けたと発表していた。関東甲信越は観測史上最も早い(梅雨の期間は21日間)そうだ。 だから、田舎から送ってもらった梅の「土用干し」は終わり、紫蘇と合わせての色付けは7月ではなく、昨日と今日やっている。まあ、塩漬けは終わっているから、いつ仕上げをしても良いのだけれど……。 (この梅干も、私の「おにぎり」の具として重要な材料のひとつです!)
今日の歩数 15,700歩
|