ホームページのトップへ
 歩け あるけ 隅田川テラス1 

江戸の風情を活写した浮世絵の隅田川テラスギャラリー
葛飾北斎-歌川(安藤)広重-吾妻橋-厩橋 2022.03






正月明けから一気に新型コロナのオミクロン株感染が広がり、224日にはロシアによるウクライナ侵攻が始まった。

自分に身近な脅威のコロナも大変だが、ウクライナの人たちのことを思うと心が痛む。

世界の他の地域でも似たことが起きていたり、一触即発のところもある。

政治と宗教の話には深入りしないことにしているが、戦争で、毎日何人もの人が亡くなる状況は、一日も早く解消されることを願っている。

散歩をしていても(こんなことをしていて申しわけない)と思うけれど、これは私の心身の健康を守るために必要なので、許して頂くことで。

 

ところで、話は変わるけれど、私が駅を降りてからの道を詳しく書いているのは、この「散歩記」を読む人としては、もとはカミさんと子供や孫を想定しているから。
 その家族が「うちの宿六(やどろく=出来の悪い夫)」とか、「あの、のんびりお父さん」とか「あの『疲れた、つかれた!』と言いながら遊んでくれたジッチャン」が、どんな所を散歩したのかな? と思いながら、私の足跡(「そくせき」ではなく「あしあと」)を辿って散歩するとき迷わないためであって、「観光ガイドブックの向こうを張って」ではなかったからです。

 今日も「都内出張」なので(どこを歩こうか?)と思いながら電車に乗っているうちに、錦糸町から両国に着いてしまったので、都内「見物」は抜きで、運動散歩に専念することにして、両国駅で下車。

 いつものように駅の中の「両国ギャラリー」を通りかかると、どなたかが自由に弾けるピアノを演奏中。上手だけど曲目は分からない。クラシックではなく、現代の曲だ。







 このようなピアノは、JR東日本の駅で(この両国駅以外でも)14の駅に設置されて、演奏好き、それを鑑賞することの好きな人達を楽しませているようだ。

 そして、また(これも、いつものように)改札口前で壁を見上げて歴代の横綱の写真や手形を眺めて、外に出ようとしたら手前に大きなちぎり絵のパネル。





 

 よくみると、水や炭酸水、ジュースのペットボトルのキャップを点描のように使って描いた絵で、作者は「幕張車両センター」、テーマは「BOSO BICYCLE BASE」(略称B.B.BASE ビー・ビー・べース)という電車の先頭車両の外観だ(この時は眼を細めてモザイク画を眺める)。
 この電車は、さっきのピアノのあるギャラリーの奥の「幻の3番ホーム」で、自分の自転車をそのまま載せて、愛車と一緒に両国発で出発し、房総半島の駅で降りて、サイクリングを楽しめる仕様になっているそうだ。



 (私の地元の)千葉県の観光に一役買ってくれていることに感謝しながら、改札を出る。駅ビルの時計は丁度正午を指している。
 ここでも、いつものように「両国広小路」の指標柱を撮り、先に進む。







 総武線陸橋とビルの間の路地を川の方に進むと、堤防の上り階段があり、それを上ると「隅田川テラス」に出る。








 左の鉄道用鉄橋は「両国橋」、その川下にある、人と車の通る橋は「両国大橋」(あの、地球儀の欄干のある橋)というらしい。

「テラス」は、隅田川に向かって(場所によるけれど)10m前後せり出して(というか、本来の高い堤防(防潮堤)がそれくらい退いて造ってあるというか)いて、遊歩道になっており、ベンチがあったり、花壇が作ってあったりする。






老夫婦が散歩していたり、ジョギングする人もいれば、犬を運動させている人もいる。
(私の場合は「白いマスクで黒い帽子を被って、よたよたと歩いている人」になるのだろう)


 水門近くの壁に主な潮位の記録が貼ってあるので、それを見ると、霊岸島の最低潮位を基準にして、大正6年に4.21mnの記録がある。

 もし伊勢湾台風級の巨大台風が来たとすると5mを超える、とある。

 昭和34年の伊勢湾台風の時、私は小学4年生だったと思う。  
 現地に送ってもらうため、貧しいながらも母と一緒に家に有る洋服を集めて、村の公会堂(だったか、学校だったか)に持って行ったのを覚えている。

 隅田川テラスの壁には、江戸時代の浮世絵の中の両国をテーマにした絵が、大きなパネルやクロスにプリントされて、画廊のように展示してある。
 だからここは「隅田川テラスギャラリー」と名付けられている。

 都の建設局のHPによると、この両国の他に、隅田川沿いの今戸、浜町にもこのようなギャラリーが設置されているそうだ。

 江戸時代も花火(最近2年は開催されていないが)や夕涼み、見世物小屋などで賑わっていた様子がわかる。

 両国橋を背に、川上に向かって歩く。

 葛飾北斎、歌川広重や豊国の作品も並んでいる。
 その前には、百本杭が、自然な歪みで再現されている。(その後、一度訪問した時には絵が消えていた)

 とても素晴らしいので、何枚か載せておきます。



「東都両国の風景」  昇亭北寿 江戸東京博物館所蔵



「隅田川花の賑い」 歌川広重(三代)・芳幾 すみだ郷土資料文化館所蔵



「墨田納涼・一の橋弁天」  葛飾北斎   墨田区文化資料所蔵





「新柳橋の白雨・御竹蔵の虹」  葛飾北斎   墨田区文化資料所蔵

 
「新柳橋の白雨・御竹蔵の虹」  葛飾北斎   墨田区文化資料所蔵



















これらの浮世絵がヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えた、ということが分かる展示会が、現在、千葉美術館で開催されている。

 

 テラスには観光船(東京水辺ライン)の発着場もあり、停泊していたり、白い航跡を残しながら出発したりしている。

 




しばらく歩くと蔵前橋。

 










 蔵前橋を過ぎると、その先には厩(うまや)橋が青いスマートな姿を見せている。

手前の岸には観光用の釣り船が、出番を待って繋留されている。

 「春のうら〜ら〜の?」

と、メロディーが聞こえて来そうな、のどかな春景色だ。

 




 厩橋の下を、透明な天井の、いかにも高速そうな観光船が上って行く。

 








 この先には吾妻橋があり、それを西に渡れば浅草に出るけれど、今日は駒形橋で折り返すことにする。

 理由は、この先まで行くと両国に帰るには時間的に無理があるのと、前に行った牛嶋神社の先、言問橋から桜橋辺りにかけては桜の名所らしいので、タイミングが合えば、来週か再来週、桜が咲くころに浅草から長命寺まで歩こうか、と思ったからだ。





 隅田川テラスから堤防の上に上がると、川上には赤い吾妻橋が見え、橋のたもとの五差路の広場(?)から伸びる道路の正面に、遮るものもなくスカイツリーすっきりと見える。ここは本所一丁目。







厩橋まで堤防に沿って戻ると、小さな祠がある。「厩橋地蔵尊」というらしい。

最近恒例の「ひとつかみ」の賽銭を捧げて無病息災をお願いする。








ずっと堤防沿いで戻るのも変化が無いので、1本東の通りを両国に向かう。








 途中に横網公園があるので、ここでランチにする。

 こじんまりとした和風庭園の、小川を前にしたベンチに陣取りおにぎりを食べていると、陽気に誘われた野良ネコくんが目の前に寝転んでひなたぼっこを始める。時々視線を上げて「エサ、くれるかな?」という顔をするが、残念ながら、今はハトにもコイにも猫にも、エサをやってはいけないことになっている。

 私のランチ終了と同時に、ネコも去っていった。








 道路を挟んで、横網公園と角を接する旧安田庭園の中を半周して国技館前に出て、両国駅へ急ぐ。

 

 




今日の歩数 14,000

 



 


ホームページのトップへ