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 歩け あるけ 隅田川テラス 2

   隅田公園-言問橋-桜橋-長命寺の桜もち
-源森川-吾妻橋    2022.03




今日は先日の続きで、主に隅田川の吾妻橋から桜橋の間を歩く。

 吾妻橋まで徒歩で行くと時間が足りなくなるので、とりあえずJR錦糸町で降り、バスに乗る。





錦糸公園の横を通過するので、窓から公園を見ると、桜は少し咲いて一分咲き程度だけれど、コロナ騒ぎが嘘のような、いつもの「公園」の風景が広がっている。

 ここ数日雨や曇りの日が続いていて、新型コロナ対策の「まん延防止等重点措置」も解除されたので、みんな出て来たようで、中央の広場も子供の遊具の広場も、今までのうっ憤をはらすかのような人出だ。






 本所、押上、業平を通り「スカイツリー前」で下車し、小さな橋を渡る、「東武橋」。

 昨年の「小梅橋」のひとつツリー寄りの橋らしい。

 スカイツリーは目の前に聳えるが、今日も通り過ぎるだけ。

 




 向島一丁目会の掲示板(そこに住んで居る人たちの、下町の生活の温もりが感じられるのが嬉しい)を横目に、「小梅牛島通り」を西に向かう。

 路地の出口近くになると、その先に隅田公園が明るい空間として見えて来る。


 と、いうことで、今日の散歩は隅田公園から。

公園内の築山を見ながら南に進むと道路側に、「掘辰雄のゆかりの地」の説明パネルが建っている。
 「風立ちぬ」は印象に残る作品だった。
彼はこの近くで転居を繰り返しながら、人生の半分以上をこの辺りで生活していたそうだ。

 


 築山の桜は、まだ1分咲き。

 広場には、先ほどの錦糸公園ほどではないけれど、かなりの人が春の訪れを楽しんでいる。










築山を一周すると、前にも立ち寄った牛嶋神社がある。

(実際にはさっきの「小梅牛島通り」から入るとすぐ右手にある)

 お参りをして、脇にある牛の像「撫牛(なでうし)」に挨拶。

 ちなみに「撫牛」を撫でると病(やまい)が治るとか。

 今の私には、肩の病、胃の病、目の病などがあるけれど、さっきのお参りで納めた「1円、5円、10円混じりの『ひと掴み』のお賽銭」でそんなに多くの病の完治をお願いするわけに行かないの、牛を撫でるのは置いて、散歩に戻る。 

 





 今日は時間を気にしながら、私にとっては初めての行程の北に向かう。

 牛嶋神社の西側の園内散歩道を50歩ほど進むと言問橋にぶつかるので、その手前で左に行き、高速道路の下を走る墨堤(ぼくてい)通り(= 隅田川の堤防沿いに走る片側1車線の道路)の横断歩道を渡ると、隅田川の岸辺。








 堤防に上ると目の前には言問橋、その下には、先週歩いた「隅田川テラス」が川沿いに南北に延びている。

 堤防の桜も1分咲きだが、枝に満載の「つぼみ」のお蔭で桜の木の全体が深い赤に染まり、数日のうちに開花して「ほんのり桜色」になる準備をしていることを教えてくれている。

 川の「テラス」には下りないで、堤防の上の歩道を、桜並木に沿って北上する。





 言問橋の下では遊覧船が白波を描き、眼下のテラスでは散歩する人、ベンチでスマホに見入る人、犬と散歩の人……。

 




 堤防の上の散歩道は、桜はまだだが、満開の菜の花が、景色にアクセントを添えてくれている。

 


 その先の雑草の中ではハトのつがいが、どこに巣を作るか相談している。(縄張り争いではない)。

 歩いていると、さきほどの高速観光船と替わって、桜橋の下を、提灯を飾った「屋形船?」がゆっくりと河口に向かっている。

 

 そう言えば、写真を選んでいて船着き場の看板の文字を読んでみると「水上バス」とある。

 今は「屋形船」とか「お座敷船」と言わないで、東京湾の観光船は総称で「水上バス」というのかも知れない。
 また「釣り船」も釣った魚をその場で料理して、船上パーティを催してくれるから「釣り」だけの船ではない。








 江戸時代から隅田川は船で人や物を運ぶための水運の要衝で、荒川から分かれて河口まで23kmほどあるが、ここから川下にかけてはスカイツリーの足元を流れる北十間川、その南に堅川、小名木川などが東から注ぎ、西からは神田川などが合流して、水路網を形作っている。また、岸辺には、江戸時代には浅草御蔵や御船蔵などがあったようだ。

今はそれが水上バスの発着場や緊急時の船着場などになっている。

 

 こちらの本所側から川向こうの浅草へ延びる桜橋を堤から眺めると、手前から2本の橋が滑らかな曲線を描いて延び、すこし先で合流してYの字になっている。





 西側も同じ造りなので、橋全体では美しいX字型になっている。

 歩道専用の橋で、歩行者と自転車の人しかいない。だから余計のどかな散歩道に見える。

 「桜橋」と名付けられているように、この辺りの両岸に沿う隅田公園に桜並木があるので、江戸時代ではなく比較的最近架けられた橋だろう。

 (と、思って、帰宅後に調べて見ると1985年に完成したそうだ。)

 


 堤の遊歩道の脇には、北斎の浮世絵のパネルが建ち、元はここに在った牛嶋神社の灯籠(常夜燈)が残されている。





その先の、首都高速6号向島線の入り口辺りで桜並木が切れるので、墨堤通りを横断して、団子屋に行く。





 墨田区のガイドブックに「長命寺の桜もち」と書いてあるので、カミさんへの手土産に小さな包みをひとつ購入。

 

 店の隣にはポケットパークぐらいの公園があり、由緒ありそうな桜の大木が数本と、ジュウガツザクラ、フユザクラ、満開を過ぎ葉桜に姿を変えつつあるカワヅザクラなどの桜の木が並んで植えられている。

 

 大木の根元には「墨堤植桜の碑」と説明パネルがある。
 四代将軍綱吉が桜を植えさせたのが始まりで、八代の吉宗が
100本の桜、続けて桜、桃、柳など150本を植えさせるなど、その後も多くの人が植樹が続け、世話をして今の姿になっていった、というようなことが書いてある。


 

 その道路向かいに「言問団子」の店があるけれど、時間が無いので、次回来た時の手土産にしよう。これも名物で、「言問」の言葉(名前)は、在原業平の歌から始まったこの団子が始まりだそうだ。

 

 

 桜もちの店の裏手に長明寺。(ほんとうは「裏手」を本通りが走っていて、正門はそちらにあるが、店の脇の路地を通りお寺の裏門から境内に入ったようだ。)

長命寺という名前がついたのは、寛永のころ徳川家光(一説には家康)が鷹狩りに来た時、腹痛を起こし、寺の井戸水で薬を服用して快癒したので「長命寺」という名前を与えたとのこと。もとの名前は宝寿山常泉寺。

 また、この近くには長命寺(弁財天)を始めとして隅田7福神や向島百花園などがあるらしいけれど、今日はとても回れない。


とりあえず長命寺に参拝。



 もっと古い堂を期待していたけれど、小綺麗な本堂だ。

 参拝を済ませて境内を歩くと、こちらには時代を経た碑が沢山並んでいて、中には、芭蕉の雪見の句碑もある。




 



 一段下の「テラス」を行き来する散歩の人と、遠くの川面をゆっくりと進む水上バスや白波をけたてるモーターボートを眺め、おにぎりを食べ終えて時計を見ると13時半だ。

 14時半には打ち合わせが待って居るので、エサをねだるハトの群れを残して、吾妻橋を目指す。

 桜並木や川の景色はさっき眺めたから、今度はわき目もふらず墨堤の遊歩道を早足で歩く。首筋を汗が流れるぐらいのスピードで川下に向かう。

 東武の鉄橋を右に見て少し歩く。

 遊歩道の左肩に「漕」の字の碑が立っていて、日本の(レガッタなどの)ボートレースがこの隅田川から始まったことを伝えている。

 

 

(墨堤が途切れて)枕橋を渡りながら巨大な「源森川(げんもりかわ)水門」を過ぎ、スカイツリーが見え、また遊歩道(テラス)に戻る。





 そうそう、ネットによると、この源森川水門の下流で北十間川が隅田川に合流するそうだ。

 

  

川向うに高速水上バスが見えると、そこは吾妻橋。

 袂には「吾妻橋(大川橋)」の鬼平犯科帳での、墨田区の説明高札が建っている。











 

 吾妻橋を渡り、西詰の水上バス乗り場、隅田公園(西側)入口を見ながら、地下鉄銀座線の浅草駅から電車に乗って、ほっと一息。






今日の歩数 17,000

 



 


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