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歩け あるけ

有楽町 銀座 新橋(烏森)
         
2022.09

おしゃれな街であり
地方の香りの街でもあり


 

 今日は、通常は晴れることの多い「体育の日」(古いかな。今は「スポーツの日」)も近いというのに小雨模様。

 でも、せっかく都内で打ち合わせがあるので、どこか散歩しようと考えて、

30年ほど前に、小学生の子供のために模型用モーターを買ったので、その後の「伊東屋」を見るためにも、銀座界隈を歩くことにする。


 


 

 とりあえず有楽町駅で降りて、交通会館を眺める。

 ここでは時折、館内の三省堂書店で本を買ったり、北海道のアンテナショップ「どさんこプラザ」で北海道の産物買ったり、知人との待ち合わせをしたりしている。






 この会館には、アンテナショップもたくさん入っている:富山、福島、大分、平戸、和歌山、博多、香川、浪花(大阪府)、新潟、秋田、沖縄の観光案内所、など。(散歩の当時)

 今はBOOK OFF200円前後の文庫本で済ませているので、新本を買う予定もなく通り過ぎる。本屋の前でマルシェも開いていて、出店がある。

 

 

 目の前の広場にある「南町奉行所跡」の碑を撮って(この「おにぎりランチ」のフォトブックの前の方の号でも掲載している)、西銀座デパート(今は「GINZA INZ」というのかな?)を通り、中央通りへ向かう。この西の端には、年末のジャンボ宝くじの発売日には必ずニュースの画像に出る「宝くじセンター」がある。

ここから西へ横断歩道を渡ると、その先の南のみゆき通り辺りに大正から昭和の文人たち(太宰治や坂口安吾、他多数)が愛し、たむろした、文壇バーとも言われる「ルパン」があったはず。

継続営業していれば、(せめて一度はカミさんと一緒に行こうと思っていたマキシム・ド・パリもなくなったことだし)、いつかルパンで、ブルーハワイとモスコミュールを手に「ジッチャンとバッチャンの50年振りのデート」をするのもいいかな、とも思う。




 

途中、御木本真珠の店やバーバリーの店を眺めながら南下(?)すると、「ここが銀座だ!」という中央通りに出る。

まあ、この辺りわが家では縁のないものばかりを売っているブランドのビルが並んでいる。





 中央通りに出ると、BVLGARIの隣に、文具の老舗の伊東屋がある。

ネットで見ると、伊東屋は「1904年(明治37年)伊藤勝太郎が東京・銀座3丁目に和漢洋文房具・STATIONERYの店名で開店。商号は当初から『伊東屋』であった」そうな。今では都内をはじめ各地に支店があるようだ。

 初めて行った時は高級万年筆のモンブランやパーカーを眺めて、ウン万円でとても手が出なくて、前に書いた子供の工作用のマブチモーター(140円、安いね!)を買ったのではないかと思う。

今は上層階に「野菜工場」や「レストラン」もある。

 そういえば、7年ほど前に、何かの用事で銀座に来た時にこの店に来て、上層階の「野菜工場」を見た気がする。
 (山の畑を駆け回っていた私から見るとウソのような)衛生管理が行き届き、機械化された「工場」内で、そのまま食べても支障がないような
カイワレなど
が「水耕栽培」されていた記憶がある。

今では近くのビルの屋上で採蜜された「銀座はちみつ」も売られているようだから、銀座の地上にはブランド店舗ビルが並び、その屋上は「ブランド農産物工場」になっているのかも知れない。

,言うことで、上階には上がらないで、銀座の四丁目方向に歩く。

 交差点には三越の本店、向かい側には平和堂のビルが50年前と変わらない姿で建っている。

まあ、少しはリフォームされたり、外壁が改修されているだろうし、昔は屋上に設置されたネオンサインがバチバチと音を立てていたのが、今はLEDの看板だから静かな電飾が下界を見下ろしている(だろう)。夜はこの辺りをうろつくことがないから、正確には知らない。

平和堂のビルの隣には「あんぱん」の「木村屋」。もちろんアンパンだけでなく、各種の菓子を製造販売しているし、ビルの2−4階にはおしゃれなカフェやレストランなどもあり、パフェでもフランス料理でも味わえる。(田舎の兄夫婦が上京した時に連れて行ったので知っているだけ)






 「銀座四丁目の交差点」というと、お上りさんの私としては三越と平和堂のビルは撮らないと……。

今日は通りの向かいから写真を撮って、五丁目に渡る。

五丁目の本通りにも、有名な貴金属店をはじめとして、よく聞く名前の店が並んでいるが、私の「行きつけの」店ではない。

1区画ほど西に進むと、通りの南側には、これも最近再開発で建設されたGINZA SIXのビルが見える。この北側の向かい側に資生堂パーラーがあったはずだけど……、通り過ぎてしまったようで、文明堂のビルを過ぎると、向かい側にライオンのビヤホールが見える。





 

昔、一度友人と飲みに行ったけれど、あれから50年が過ぎた。ライオンは周りの変化に関係なく、昔の姿で頑張っている。

新橋に向かって進むと、首都高のガードの手前に「おもちゃの博品館」がある。

子供が小さいころ何度か買ったが、今は孫の代(?)になり、展示商品も完成品が主流になり、最近は残念ながら行っていない。

 













 ガードを潜って、JR新橋駅のある右に曲がると、すこし先に「鳥取・岡山 新橋館」がある。ここは鳥取県と岡山県の産物のアンテナショップ。

 岡山県出身の私としては素通りするわけに行かない。店内を2周して「きび団子」と季節の「むかご」(山芋の子供)を購入する。

 「むかご」は子供の頃山に行くと、自然薯の葉っぱの付け根に小さな丸い球が付いていて、取って持ち帰ると、祖母や母が甘辛く煮てくれたり、ご飯に混ぜたりしてくれた記憶がある。

 さあ、今回はカミさんに渡してもわからないだろうから、自分で炊き込みご飯にする。少し別に取っておいて、植えて山芋を育ててみようか。

 私は、ベランダで朝顔などの花を育てると、花が咲き、実がなるのを待って種を収穫し、乾燥させて保存して置き、翌春ポットに植えて、また花を待つ。

 オレンジやスモモを食べて、「美味い!」と思ったものは種を取って翌春植えて「早く花咲け、オレンジの種」と唱えながら水を遣る。

 今日も「実をつけないとちょん切るぞ!」と脅しながら水遣りをしてきた。
 しかし、いろいろ植えているうちに、1年も経たないうちに、名前を書いた小さな札が無くなり、何を植えたか分からなくなる。だから、実がつかないことには、何の木か分からない。

 まあ、ともかく、久しぶりに両県のアンテナショップに立ち寄ったので、手土産ができた。

 雨が降ってきた。

 慌てて傘を広げ、駅前広場に展示されている蒸気機関車に近寄り、とりあえず何枚か撮る。






この機関車も(前にも書いたけど)、昔は、私の田舎の新見(にいみ)と姫路の間をつなぐ姫新線(きしんせん)走っていたものだ。

 この辺りはいつも普通に歩いていたけれど、まだ烏森(からすもり)神社に参拝していないことを思い出した。
 新橋駅に「烏森口」という改札出口があるぐらいで、由緒ある神社だ。

 機関車の向こう側の路地を入ってしばらく進むが、それらしい森が見えない。

 路地の飲み屋のお兄さんに聞くと、「そこの路地を突き当たって左に行くとすぐ」と教えてくれる。

 言われたように進むと、ビルの脇道を抜けるように神社の受付がある。

よく見ると、そのビルが神社で左手の階段上に拝殿が見える。






 






 神社のHPで見ると、100余りある稲荷神社の番付のなかで、この烏森神社は「関脇」の位置にあるというから、相当なものだ。

 階段を上がり、いつものようの小銭をざらざらっと供えて、家内安全をお願いする。

 小さな拝殿なので二、三人並ぶと一杯になる。

 参拝を終えて階段を降りると、次の人が上ってくる。 
 雨にもかかわらず、参拝の人が(長い列にはならないが)途切れることがないくらい、続いてやってくる。小粒でも、さすがに「関脇」の力は侮れない。

 参道を歩くと2区画分ぐらいの長さがあり、今は参道の左右はビルや住宅に埋もれているけれど、往時の境内はかなり広かったと思われる。

 大神輿が有名だとのことだから、その神輿を担いで町内を練り歩く2年に一度の大例祭の様子は、想像するだけで楽しくなる。いつか、神輿の尻尾について歩いてみるかな。


 

 

今日の歩数 14,000

 










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